フィリッポのイタリアひとり歩き術
第25回 ファッション Moda 2

フィリッポ・蔭崎

■イタリア人的素材

 あくまでも私が個人的に思っていることなのだが、「これは、イタリア人の独壇場だな」というマテリアルがふたつある。それは「麻」と「スウェード」。
 「麻」と「スウェード」……かんたんそうで、けっこう厄介なマテリアルだと思う。
 まず、麻は、やはりどうしてもシワが気になる。きれいに糊付けし、ピシッとアイロン掛けされた麻のシャツに袖を通す瞬間はとても気持ちがいいのだが、それも長続きしない。汗をかくなどすると、すぐにシワくしゃになってしまい、なんだかみすぼらしい雰囲気をただよわせてしまう。
 以前、成田からイタリアへむかう飛行機に乗りこむとき、ヨウジ・ヤマモトの黒い麻のスーツをシックに着こなしているファッション関係者ふうの人を見かけたが、12時間のフライト後、ミラノの空港で再会したときはアングラ劇団のビラ配りふうに変身していた。やっぱり飛行機に麻素材はむかない、とはっきりと教えてくれる瞬間だった。
 ところが、である。イタリアの人びとは、この麻素材最大の弱点とも言える「シワ」を楽しんでいるかのように着こなしているのだ。雑誌のグラビアで、ジョルジョ・アルマーニの広告写真などを手がけていた写真家アルド・ファライが、シワくしゃの生成の麻のスーツ(たしかジョルジョ・アルマーニ製)を着て、白いスニーカーを履いているのをみたことがあるが、ものすごくイイ感じだったし、そんな例をださなくとも、夏にローマに行けば、シワくしゃの麻のジャケットやシャツを着たオヤジが夕方になると、ジェラートをなめなめ散歩しているのに出くわす。それがみんな、ちっとも颯爽ともしていないし、それほど清涼感もないのに、不思議とかっこいい。この不思議なかっこよさは、生活感や生き方から滲み出るものなのだろうか。

 そして、もう一方の「スウェード」。スウェードはヨーロッパのような乾燥した気候のところで、春先や秋口の朝晩などすこし肌寒いときに羽織るのにもってこいのアイテムだ。ヨーロッパでは、基本的にスウェードは冬のアイテムではない。暖かくなってきた季節やまだ暖かさが残る季節の、ちょっとひんやりするときにたいへん活躍している。
 それにくらべて、湿気が多く、朝晩の寒暖の差があまり大きくない日本などでは、スウェードのブルゾンやジャケットは、コットンセーターと並んで、つかえる期間がかなりかぎられる。「まだスウェードじゃ寒いなあ」から「もう暑いなあ」まで、もしくはその反対の時期というのは非常に短い。またもうひとつつけ加えると、多湿な気候とスウェードはどうも相性が悪いと思う。
 ひとくちにスウェードといっても、テーラード・タイプ、有名デザイナーもの、一枚仕立てのシャツ・ジャケット、ブルゾンなど、いろいろなタイプの製品があるが、イタリア人男性に一番人気なのは、なんといっても「ミッレ・ミリア・ジャケット」とも「ドライヴィング・ジャケット」とも呼ばれているブルゾン型のもの。かなり以前からあるベーシックなアイテムで、値段もスーパーに毛のはえたようなデパートで売られている格安のものから一流ブティックに並ぶ高級品まで、同じデザインだがいろいろある。
 女性に人気のタイプは……。やはり女性の場合は、毎シーズンごとの流行にも大きく影響を受けるので、このタイプが一番人気、とはっきりいえるものはないが、シーズンになると上手にパンツやスカートなどと組み合わせて着ている。
 色は黄土色のものが多い。黄土色のブルゾンやジャケットにデニムやコバルトブルー、黒のシャツやパンツをさらり合わせているが、これはもはや黒人が着る原色、イギリス人が着るタータンチェックと同じような「反則技」の領域。誰でも彼でもまねして似合うといった代物ではない。チビでもデブでもノッポでもヤセでも関係なく似合う、かといって、同じラテン系でもフランス人ともスペイン人とも違った、イタリア人ならではの世界、と考えるのは私の偏見でしょうか。

■イタリア人を見分ける法

 イタリア人の友人にこんなことを言われたことがある。
 「ミラノやローマのファスト・フード店で、日本人と韓国人を見分ける方法を知っている?」
 「さあ? 着ているものが違う」
 「いいや。正解は、男が席に座ってたばこを吸っていて、女がトレイを持ってカウンターにならんでいるのが日本人。反対に女が座って、男が動いているのが韓国人」
 「なるほど」
 「それじゃあ、イタリア人をフランス人やスペイン人と見分ける方法は?」
 「さて? いちばんうるさいとか?」
 「んん……まあそうかもしれないけど、答えは、靴を見ればわかる」

 なるほど、「山田君、座布団を一枚!」と言いたくなるような名回答。たしかにイタリア人は靴を見ればわかる。もちろん千差万別あるとはいえ、靴にかなり特徴が見えるのは事実なのだ。
 まず、80年代までは、より特徴的だった。イタリア人の靴といえば、軽くて柔らかい、見た目は華奢な感じがするくらい、細身でコバが狭く、底が薄かった。梅雨時の日本でなんて履こうものならすぐに傷んでしまうような繊細なものが中心だった。
 90年代以降は、英国製やアメリカ製でよく見られるグッドイヤー・ウェルト製法や、古い北欧の製法を取り入れたノルベジェーゼ製法など、コバの張り出したガッシリしたタイプがイタリアでもふえてきた。しかし、流行やニーズに影響をうけながら、製法や形がかわっても、もうひとつのイタリア人らしさはかわることがなかった。
 それは「茶色い靴」だということ。とにかくイタリア人は茶色い靴が好きだ。グレーやネイビーのスーツだろうが、麻やコットンのスーツだろうが、はたまたジーンズだろうが、イタリア人の足元を飾るのは圧倒的に茶色なのだ。
 最近ではミラノを中心に、黒い服や黒い靴を日常生活のなかでも身に着けるようにはなってきたが、もともとイタリア人はあまり黒が好きではない。好き嫌いというよりか、縁起が悪いと思っている、といったほうがよいだろうか、「黒」という色を避けているところがある。
 数多くある茶色のバリエーションのなかでは、生成りに近いものや赤茶といった、官能的でちょっとキザに思えるくらいの明るい茶色がより好まれている。それには、履きこんでいくうちに徐々に色が変化して、自分だけのものになる、色のニュアンスを遊ぶ楽しみもあるようだ。
 型の種類もUチップ、ローファー、ストレートチップなどいろいろあるが、私がイタリア人的、といちばん感じるのは「モンクストラップ」のタイプ。よくよく手入れのいきとどいた赤茶のモンクストラップシューズにイタリア人らしい色っぽさ、艶っぽさを感じる。

 色もふくめてだろうが、文字どおり「足元を見る」お国柄のイタリアでは、靴は重要な関心事のひとつである。家のなかでも靴を履いたまま生活をするためか、靴選びにはとても慎重だ。子どものうちは、親がていねいに足にあった靴を選び、足に負担がかかることのないよう、まちがっても外反拇趾などにならないようじゅうぶんに注意している。一日中靴を履いているせいか、蒸れたりしないように革製のものが好まれ、汗をかくシーズンには、何度か履きかえることもあるようだ。
 最後に余談だが、ほんの数年前、ナイキのハイテクスニーカーが世に出て、世界的な流行になるまではスニーカーでさえ、蒸れたりして足によくないと思われているのか、ビンボーくさいのか、どちらかというと敬遠されていたきらいがある。そのせいか、デザインの国イタリアにしては、残念ながらあまりかっこいいイタリア製スニーカーというのにお目にかかったことがない……。